【御写経作法の解説】
大覚寺発行「仏前勤行聖典」(ぶつぜんごんぎょうせいてん)収録されている「御写経作法本作法」(おしゃきょうさほうほんさほう)に従い、解説したものです。

一、手を洗い、口をすすいで身を清める
 まず写経を始めるにあたり、水で手や口の穢れを洗い清めます。また粉末状の香である「塗香」(ずこう)を両手に塗るとより丁寧です。心地よい香りが漂い、身体と心が清められるのを実感することでしょう。

二、香をたき、室内を浄める
 香を焚き、心を鎮めて写経ができる環境を整えます。心安らぐ香りは、私たちの雑念を振り払うだけではなく、空間を清浄に清める働きがあります。また落ち着いて写経するために、静かな部屋で写経を行うことをおすすめいたします。

三、着座 墨をすり、心を鎮める
 席に座って姿勢を正し、書き始める前の準備を行います。墨の磨り方としては、最初に硯の平らな面に数滴の水を垂らします。次に親指と人差し指、中指の三本で墨の上を持ち、硯に対して垂直に立てます。そして、水の上を軽く円を描くように磨りましょう。ゆっくりと墨を磨ることで次第に心が落ち着き、写経を始める心構えが整います。

四、合掌礼拝
 次に手のひらを胸の前で合わせて合掌し、頭を下げて礼拝を行います。仏教では右手は仏さま、左手は衆生である自分自身を表します。右手と左手の掌(たなごころ)を合わせ、心を込めて合掌することで、仏さまと気持ちが一体になるのです。仏さまの尊い教えを書写できる事に感謝し、合掌礼拝を行いましょう。

五、開教偈(かいきょうげ)
 開教偈は経典を読誦する前に読まれる偈文(げもん)です。写経を始めるにあたりお唱えいたします。

 無上甚深微妙(むじょうじんじんみみょう)の法は
 百千万劫(ひゃくせんまんごう)にも逢い遇う(あいあう)ことかたし
 われいま見聞(けんもん)し受持することを得たり
 願わくは如来の真実義を解したてまつらん

 仏さまが説かれたこの上なく尊い教えに遭うことは、仏縁なくしては遇うことができません。皆さまが写経という機会に遇われましたのも、仏さまと深いご縁があってのことでございます。写経を通じて得難い仏さまの教えに触れ、学び、理解を深めていくことを我が願いといたします。

六、般若心経秘鍵要文(はんにゃしんぎょうひけんようもん)
 「般若心経秘鍵」はお大師さまが密教の立場から読み解いた般若心経の注釈書です。ここでは、その中で説かれている重要な文句をお唱えいたします。

 弘法大師曰く
 「それ佛法遥かに非ず 心中にして即ち近し
 真如外にあらず 身をすてて何んか求めん
 迷悟我に在れば 発心すれば即ち至る
明暗他に非ざれば 信修すれば忽ちに証す」

 仏法というと私たちとは遠く離れたものであると考えてしまいますが、実は本来私たち自身の心の中に存在しているのです。また迷いも悟りも私の中にあります。明暗をわけるのも私自身です。自身が本来仏さまであると信じて修行をすれば、忽ちに悟りを得ることができるのです。そのようにお大師さまは仰っています。

 「文殊の利剣は諸戯経つ(もんじゅのりけんなしょけをたつ)
覚母の梵文は調御の師なり(かくものぼんもんはちょうごのしなり)ちくまんの真言を種字とす
諸教を合蔵せる陀羅尼なり(しょきょうをがんぞうせるだらになり)
 無辺の生死如何が能く断つ(むへんのしょうじいかんがよくたつ)唯禅那正思惟のみあってす(ただぜんなしょうしゆいのみあってす)
尊者の三摩は仁譲らず(そんじゃのさんまはにんゆずらず)
我れ今至心に懺悔し謹みて般若心経を写経したてまつる(われいまししんにざんげしつつしみてはんにゃしんぎょうをしゃきょうしたてまつる)

 これから般若心経を写経するにあたり、般若の智慧を司る文殊菩薩さまと、煩悩をしずめる深い禅定にお導き下さる般若菩薩様さまに礼拝いたします。両菩薩さまを種子(仏さまを象徴する梵字)で表しますと、般若菩薩さまはちく、文殊菩薩さまはまんとなり、この種子の中には、あらゆる教えが内包されています。
果てしなく続く生死の苦しみを絶つには。決して心が揺るがない境地(禅那、禅定)と正しい思考(正思惟、智慧)によるに他なりません。その文殊菩薩さまと般若菩薩さまの悟りの境地が説かれているのが「般若心経」なのです。その尊い経典を書写するにあたり、自身の過去の悪業を反省し、その教えを学ぶ気持ちで謹んで写経を行いましょう。

七、浄写(じょうしゃ)呼吸を整え、気持ちを落ち着かせ、至心に写経する
 いよいよ写経に入ります。心を鎮めて丁寧にお書き下さい。
また、文字を間違えた場合は訂正方法がありますので、次のように訂正してお書き下さい。誤字の場合は、誤った文字の右隣りに小さく正字を書き入れます。脱字の場合は、その箇所(文字と文字の間)に点を打ち、同じ行のいちばん最後に脱字を書いた後、その文字の右側に点を打てば差し支えありません。

八、祈念(きねん)願い事を書き、念ずる
 写経を書き終えた後、次に祈願句を書いて願い事の成就を祈ります。
書き方は、頭に「願」(或いは「為」)と書き、その下に「家内安全」などの祈願句を記して、最後に「也」を加えます。祈願は普通の和文でも構いません。
供養の場合は、「願○○家先祖」(或いは故人様の戒名)菩薩也」と書いて対象の方のご冥福を祈ります。ご先祖様や故人様への心のこもった追善写経は何よりの供養になる事ろ思います。

九、般若心経読誦(はんにゃしんぎょうどくじゅ)合掌し、浄書した御写経に目を通しながら唱える
 お大師さまは自著「般若心経秘鍵」(はんにゃしんぎょうひけん)の中で、般若心経を読誦したり、供養する事で得られる優れた功徳について説かれています。皆さまも祈願成就をお祈りしてお唱えください。

十、不動明王(ふどうみょうおう)大覚寺本尊御真言
 (のうまくさんまんだ)
 のうまくさまんだ ばざらだん せんだ
 まかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん 三遍

 大覚寺では、衆生の悪しき煩悩を打ち破り、悟りの世界にお導き下さる五大明王を本尊様としてお祀りしております。ここでは中心となる不道明王さまの御真言をお唱えいたします。

十一、随意に本尊御真言 三遍
 ここでは、菩提寺の本尊さまの御真言など、(心に任せて)お唱えください。写経会などでは、会場に祀られている本尊さまの御真言をお唱えすると良いでしょう。

十二、般若菩薩御真言
 おん ぢしり しゅろだ びじゃえい そわか 三遍

 皆さまが写経された「般若心経」には、般若菩薩さまの覚り(さとり)の境地が説き明かされております。ここでは、仏さまの智慧(はんにゃ)を司る般若菩薩さまの御真言をお唱えいたします。

十三、御尊号(ごそんごう)南無嵯峨天皇尊儀 三遍
 平安時代、嵯峨天皇さまが疫病退散を祈り、一字三礼の誠を捧げて般若心経を写経され、五大明王に祈願すると、たちまちに疫病が治ったと伝えられています。その霊験あらたかな般若心経は大覚寺心経殿に奉納されており、これが大覚寺の「般若心経写経の根本道場」たる由縁であります。大覚寺ご始祖である嵯峨天皇さまの大御心を仰いでお唱えください。

十四、御宝号(ごほうごう)南無大師遍照金剛 三遍
 お大師さまは、真言密教の法を受け継がれた時、師僧の恵果和尚(けいかかしょう)より「遍照金剛」の名を与えられました。これは大日如来さまの別名でもあり、「光明が遍く世界を照らし、金剛のように不滅である」仏さまのご威光を表しています。お大師さまが私たちを遍くご加護されている事に感謝してお唱えしましょう。

十五、般若心経秘鍵要文(はんにゃしんぎょうひけんようもん)・願文(がんもん)
 次に「般若心経秘鍵」の中から般若心経の功徳を讃嘆する言葉をお唱えいたします。

 「真言は不思議なり 観誦すれば無明を除く
一字に千理を含み 即身に法如を証す
行々として円寂に至り 去々として原初に入る
 三界は客舎の如し 一心は是れ本居なり
仰ぎ願くは 一字一文法界に遍じ
 三世十万の諸仏に供養したてまつる

 「仏さまの言葉である真言には、非常に優れた功徳があり、仏さまを観想して真言をお唱えする事で、無知の闇を除く事ができる。その真言の一字一字には計り知れないほどの真理が含まれており、真言を観想して読誦する事によって、この身このままに、仏さまの世界を現し出し、自身が仏である事を悟る事ができるのだ」とお大師さまはその功徳の素晴らしさを説かれています。
皆さまが写経された経文の一文字一文字や一句一句の文章に遍満し、すべての仏さまに供養が広がりますよう、心を込めてお唱えください。

十六、回向(えこう)
 願くはこの功徳をもって あまねく一切に及ぼし
我等と衆生と皆共に 仏道を成ぜん事を

 回向とは、「自己が仏道を修めたい善い行為や功徳を、すべての人々の悟りのために振り向ける事」です。生きとし生けるもの全てが共に仏道を成就できますように、皆さまの功徳を廻らしていただけると幸いです。

十七、合掌礼拝
 最後に合掌礼拝を行い、静かに退室いたします。長時間にわたる御写経作法、誠にお疲れさまでした。浄写されました写経は菩提寺や大本山大覚寺へお納めください。

 大まかな説明となりましたが、二回にわたって御写経作法を解説してまいりました。写経を通じて仏さまの教えに触れ、心を清めていただけると幸いに存じます。

大覚寺発行「仏前勤行聖典」(ぶつぜんごんぎょうせいてん)に収録されている「御写経作法本作法」に従い、順に解説してまいります。

出典:大本山大覚寺 教学研究室研究員 田口浩之
※参考文献
村岡空「般若心経秘鍵入門」大覚寺出版部、2004
松永有慶「空海 般若心経の秘密を読み解く」春秋社、2006